楽園のカンヴァス
図書館でぶらぶらと読みたい本を探している時、ふと目にとまったのがこの本だ。
以前、どこかでお薦めの本として紹介されていたのを記憶していたからだと思う。
タイトルから、美術に関するストーリーだということが想像できた。
でも残念ながら、私には美術に関する知識は殆どない。
美術館・博物館に行った回数は、残念ながら片手で足りてしまうほどだ。
でもあれだけ絶賛されていたし、たまにはいつもの自分なら選ばないような本を読んでみたいと思って手にとった。
読み始めると、美術の知識に疎い私があっという間に物語に引き込まれていった。
美術作品をモチーフにしているが難解な専門用語が多い訳ではなく、ミステリーの要素があることで先の展開が気になり、気がつくと知識不足を気にすることなく一気に読み終えていた。
また、完全に私の主観ではあるけれど、この本全体を通して感じたのは、選ばれた言葉が美しくどこか優しいということだ。
私にとって、専門的で敷居が高く身構えてしまうようなテーマだったにも関わらず、
情景がありありと浮かび、音楽さえ聞こえてくるように感じられるシーンもあり心が躍った。
そして、優しいだけでなく、ほとばしる情熱と愛に満ちた物語だった。
その対象が作品であれ、人であれ、真に愛するということはこういうことなのだと思い胸が震えた。
もちろん密やかに育み、パッと見では分からないような愛情もあるだろう。
でもそれが真実の愛ならば、芯の部分では情熱の炎が燃え盛っているに違いない。
近代芸術の萌芽がどれほどすごいものなのかは正直わからない。
けれど、新しい時代の到来を感じさせる鼓動が伝わってくる中盤~終盤の展開は本当にわくわくした。
タイムスリップをして、自分自身が新しい時代の目撃者となっているかのように感じた。
最後に幾つかの謎が明かされ、それはそれでもちろん面白かったのだが、やはり物語の終焉にむかって加速度的に増す、新しい時代が到来を予感させる独特の空気と、自分が信じたものに対して全てを傾ける情熱と愛に打ち震えた。
若い頃から数年前までの私は、本気になることについて、少し冷めた目で見ていた。
でも本当は、本気になる対象を見つけられないだけだったのだと、漸く気がついた。
興味の対象が何であれ、自分の全てを注ぎたいと思えるものに出会えることの素晴らしさを、この本は教えてくれた。
そして、誰かの為に生きるということの素晴らしさを。
見返りを求めず、自分の全てを捧げることを。
これは壮大で深い愛の物語なのだ。
私の持つ美術館のイメージとは、静謐で若干の緊張感を覚えるというものだ。
でもそこに展示されている作品たちは静かな情熱を秘めている。
相反するものが一所に存在するという緊張感に、たまには触れてみるのもいいかもしれない。
この本の舞台の一つでもある大原美術館は、1時間もあれば行ける距離だ。
美術作品に対する知識を持たない私だけれど、何か感じとれるものがあるかもしれない。
週末にでも行ってみるか。